筆島は、なぜ海に一本だけ残った?
海に立つ一本の岩は、今の伊豆大島より古い火山の名残。
はじめに
伊豆大島の南東部。海に目を向けると、筆の穂先のような細長い岩が一本立っています。
名前は「筆島(ふでじま)」。
青い海を背景にしたその姿は印象的ですが、実はこの岩の面白さは、見た目だけではありません。
かつてこの付近には、標高1,000m級と推定される大きな火山がありました。
では、その火山はどこへ消え、なぜ一本の岩だけが残ったのでしょうか。
目の前の小さな岩から、伊豆大島のずっと古い時間をたどってみます。
① 筆島は、ただの海食岩ではない
筆島が立っているのは、伊豆大島の南東部。海岸線から約100m沖合の場所です。
海面から約30m突き出したその岩は、筆の穂先を立てたような姿をしていることから「筆島」と呼ばれています。
海の中に一本だけ立つ姿は、波に削られてできた奇岩のようにも見えます。
実際、長い年月にわたる侵食は、現在の形をつくった大きな要因です。
ただ、その成り立ちを「波に削られた岩」という説明だけで終わらせると、筆島の本当の面白さを見落としてしまいます。
この岩は、かつてこの付近に存在していた「筆島火山」の内部にあった岩石の一部なのです。
地下からマグマが上昇する通り道を「火道(かどう)」といいます。
現在の筆島は、その火道にあった硬い岩石が、周囲の侵食に耐えて残ったものとされています。
つまり、私たちが見ているのは、もともと一本だけ存在していた岩ではありません。
かつて周囲に広がっていた火山の、今も残る一部分なのです。
② かつて、この場所には大きな火山があった
伊豆大島の火山と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは三原山でしょう。
しかし、この島には現在の伊豆大島火山よりも古い火山の痕跡が残っています。
その一つが「筆島火山」です。
伊豆大島ジオパークによると、筆島火山は数十万年前まで活動していた古い火山で、かつては標高1,000m級の成層火山だったと推定されています。
成層火山とは、噴火によって流れ出た溶岩や、噴き出した火山灰などが幾重にも積み重なってできる火山のこと。
今、海に残っている一本の岩からは想像しにくいほど、大きな山体が存在していたと考えられています。
しかし、火山は噴火が終わっても、ずっと同じ形で残り続けるわけではありません。
波は海岸を削り、雨は斜面を削る。
そうした侵食が長い年月にわたって続くことで、筆島火山は少しずつ姿を変えていきました。
その後、筆島火山の西方の海では、現在の伊豆大島につながる新しい火山が活動を始めます。
噴火を繰り返しながら成長した伊豆大島火山は、古い火山体の一部を覆い、現在につながる島の姿をつくっていきました。
つまり、伊豆大島は一つの火山が最初から今の形をしていたわけではないのです。
古い火山の上に、新しい火山の歴史が重なっている。
筆島は、その古い時代を今に伝える場所の一つです。
③ なぜ、一本の岩だけが海に残った?
かつて大きな火山があったのなら、なぜ現在は一本の岩だけが海に立っているのでしょうか。
その理由は、周囲の岩石と、筆島として残った岩石では、侵食への耐えやすさが違っていたからです。
筆島火山が活動していた頃、その内部には地下からマグマが上昇する「火道」がありました。
伊豆大島ジオパークでは、現在の筆島を、この火道にあった硬い「火道角礫岩(かどうかくれきがん)」の残骸と説明しています。
角礫岩とは、角ばった岩の破片を含む岩石のこと。
筆島は、単純に溶岩が冷えて一本の柱になったものではなく、古い火山の火道にあった岩石が残ったものなのです。
火山活動が終わった後、周囲の山体は波や雨によって繰り返し削られていきました。
一方、火道にあった硬い岩石は侵食に耐え、周囲の地形が失われていく中で、取り残されるように残りました。
それが現在、海に一本だけ立っている筆島の姿です。

ここで想像してほしいのは、今ある岩の形だけではありません。
その周囲に、かつて大きな火山が広がっていたということです。
私たちの目に見えるのは、長い侵食の後に残った一部分。
筆島は、岩が新しく立ち上がった物語ではなく、大きな火山が少しずつ削られていった物語でもあるのです。
そして、古い火山の痕跡は、この一本の岩だけに残されているわけではありません。
視線を背後の崖へ移すと、そこにも、かつての火山の内部を知る手がかりが残っています。
④ 岩の後ろの崖にも、火山の痕跡がある
筆島の成り立ちを知ると、次に気になるのが、その背後にそびえる崖です。
伊豆大島の南東部には、海に面した高い崖が続いています。
筆島海岸に広がるこの崖では、長い年月にわたる侵食によって、古い筆島火山の内部が地表に現れています。
注目したいのは、赤茶色の岩肌を上下に貫く、灰色の筋です。
これは「岩脈(がんみゃく)」と呼ばれるもの。
地下の岩石にできた割れ目へマグマが入り込み、地中で冷えて固まった痕跡です。
岩石が何層にも積み重なってできた縞模様とは異なり、岩脈は、もともと存在していた岩石をマグマが貫いた記録なのです。
伊豆大島ジオパークによると、筆島海岸には50枚以上の岩脈が見られます。
筆島そのものは、火道にあった硬い岩石の残骸。
一方、背後の崖に残る岩脈は、地下をマグマが移動した痕跡。
どちらも、今は見えなくなった古い火山の内部を伝えています。

ただし、離れた場所から眺めたときに、すべての岩脈をはっきり見分けられるわけではありません。
大切なのは、50本以上の筋を探して数えることではなく、目の前の崖が、かつて火山の内側にあった場所だと知ることです。
筆島だけが、古い火山の痕跡ではない。
そう考えると、海岸の景色そのものが、少し違って見えてきます。
⑤ 筆島へ行ったら、どこを見ればいい?
筆島を訪れたら、まずは安全に眺められる展望地点から、海岸全体を見てみてください。
ここで意識したいのは、次の3つです。
01|ROCK — 一本の岩
最初は、海に立つ筆島そのものを眺めます。
高さ約30mの岩が、周囲から独立するように残っている姿。
なぜあの場所だけに岩があるのか。その理由を知ったあとなら、細長い形にも違った意味が生まれます。
02|CLIFF — 背後の崖
次に、視線を岩の後ろへ広げます。
海岸に続く高い崖は、古い筆島火山の内部が露出している場所です。
筆島だけを見るのではなく、岩と崖を一つの景色として捉えてみてください。
03|TIME — 長い侵食の時間
最後は、もう見えなくなった火山の姿を想像してみます。
かつて標高1,000m級と推定される火山があった場所に、現在は一本の岩と海岸の崖が残っています。
今の景色をつくったのは、一度の大きな出来事ではなく、長い年月をかけた自然の変化です。

筆島へのアクセスと見学時の注意
筆島は伊豆大島の南東部に位置し、元町港からは車で約30分が目安です。
島内観光の途中に立ち寄る場合も、移動時間には余裕を持っておきましょう。
筆島を眺める際は、安全な展望地点から景色を楽しむことが基本です。
駐車可能な場所については、現地の案内や標識を確認し、道路上など交通の妨げになる場所には停車しないようにしてください。
また、筆島海岸には高い崖があり、落石や高波などの危険があります。
一般観光で無理に海岸へ降りたり、岩に近づこうとしたりする必要はありません。
遠くからでも、筆島と背後の崖を一緒に眺めることで、この場所の成り立ちを十分に感じられます。
筆島の後に、もう少し南部の景色を楽しむなら、波浮港も立ち寄り先の一つです。こちらでは、港の地形と、その周囲に生まれた町の暮らしを知ることができます。
⑥ 一本の岩から、島の昔の姿を想像する
筆島は、遠くから眺めれば一本の岩です。
初めて訪れたときは、その形の面白さや、海とのコントラストに目が向くかもしれません。
けれど、かつてこの場所に大きな火山があったことを知ると、同じ景色にも別の意味が生まれます。
岩が残った理由。
背後の崖に刻まれたマグマの痕跡。
そして、長い年月をかけて失われていった火山の姿。
今、私たちが見ることのできる景色は、その長い歴史のほんの一部分です。
一本の岩しか見えなくても、そこには、かつて一つの火山があった。
筆島を訪れるときは、ぜひそのことを思い出してみてください。
知ってから眺める景色には、きっと新しい発見があります。
伊豆大島には、筆島のほかにも、成り立ちを知ることで見え方が変わる場所が数多くあります。
次に島を巡るなら、景色の美しさだけでなく、その場所が持つ物語にも目を向けてみてください。
