はじめに|「三原山=1986年に噴火した山」だけではない
伊豆大島を代表する景色といえば、
三原山。
山頂へ向かえば、
黒い溶岩。
大きな火口。
火山らしい荒々しい地面。
その景色を見て、
「1986年の噴火でできた山」
という印象を持つ人もいるかもしれません。
でも、
現在見えている三原山は、
一度の噴火だけでできた景色ではありません。
1777〜78年。
1950〜51年。
1986年。
1987年。
違う時代の火山活動が、
一つの景色の中に重なっています。三原山の現在の姿は1777〜78年の大噴火で形づくられ、1950〜51年には三原新山が形成され、その後1986〜87年の活動でも火口や周辺地形が大きく変化しました。
この記事で見るのは、
「三原山への行き方」だけではありません。
この景色は、いつできたのか。
年代をひとつずつたどりながら、
今の三原山を読んでいきます。
1|三原山は、「伊豆大島そのもの」ではない
まず、
名前の関係を整理しておきます。
気象庁が活火山として扱っているのは、
伊豆大島という島そのもの。
その山頂部には、
直径約4kmの大きなカルデラがあります。
そして、
そのカルデラの中にある中央火口丘が、
三原山です。三原山は高さ約150m、山頂部の直径約800mほどの火山体とされています。
つまり、
伊豆大島
↓
山頂カルデラ
↓
三原山
↓
中央火口
という関係です。
「伊豆大島の中心に三原山がある」
という感覚は間違っていません。
ただ、
伊豆大島=三原山
ではありません。
島全体が火山で、
その山頂部にある火山地形のひとつが、
私たちが「三原山」と呼んでいる場所です。
ここを知ってから山頂へ向かうと、
見ている景色のスケールが少し変わります。


2|いまの三原山は、1777〜78年の大噴火で形づくられた
三原山を見ると、
ずっと昔から、
今と同じ山がそこにあったようにも見えます。
でも、
現在につながる三原山の姿が形成されたのは、
1777〜78年。
江戸時代のことです。
この「安永の大噴火」で、
大量のマグマのしぶきや、
大型の火山弾などが火口周辺へ積み重なりました。
それによって形成された中央火口丘が、
現在の三原山につながっています。
つまり、
山にも、「できた時代」がある。
三原山は、
太古からまったく同じ形で存在してきた山ではありません。
噴火によって、
新しい地形が作られる。
その後、
また別の噴火が起こり、
景色が変わる。
三原山は、
その繰り返しの途中にある火山です。
だから、
目の前に見えている山を、
ただ「火山」として見るだけではなく、
「この形は、いつ生まれたんだろう?」
と考えてみる。
それだけで、
景色の見え方が変わってきます。

3|標高758mは「三原新山」
三原山について調べると、
よく出てくる数字があります。
標高758m。
ここは、
今回のリメイクで特に整理しておきたい部分です。
758mという高さは、
三原山という火山体全体を単純に示した数字ではなく、
山頂火口の南西側にある、
三原新山
の標高です。
そして、
三原新山が形成されたのは、
1777年でも、
1986年でもありません。
1950〜51年の噴火。
この噴火によって火砕物が積み重なってできた火砕丘で、現在は伊豆大島の最高地点となっています。
ここが面白いところです。
伊豆大島で、
いちばん高い場所。
そう聞くと、
島ができた頃から残る、
非常に古い山頂を想像しそうです。
でも実際には、
**島で一番高い場所にも、
「生まれた噴火」がある。**
1950〜51年。
人の記録が残る時代の噴火によって、
現在の最高地点ができています。
三原山を見るときは、
「山頂」という一言で全部をまとめず、
その中にも、
違う年代の地形が重なっている
ことを覚えておいてください。

4|1986年、島全体が避難した噴火
1986年11月15日。
三原山の山頂火口で、
噴火が始まりました。
火口からは溶岩が噴き上がり、
やがて火口内には、
溶岩湖
が形成されます。
その後、
溶岩は火口からあふれ、
三原山の斜面を流れ下りました。
現在、
三原山の斜面に見える黒い筋の中にも、
1950〜51年と1986年の溶岩流跡
が残っています。
そして、
1986年11月21日。
噴火は山頂火口だけでは終わりませんでした。
カルデラ内で、
地面が線状に割れる
割れ目噴火
が発生。
さらに、
カルデラの外側でも噴火が始まり、
溶岩は元町方向へ流れ下りました。
その日の夜、
全島民に島外避難命令が出されます。翌22日までに約1万1,000人の島民と約2,000人の観光客が島外へ避難しました。
でも、
ここで伝えたいのは、
災害の大きさだけではありません。
**ニュースになった噴火は、
今では景色として残っている。**
三原山を歩くと、
噴火によって流れた溶岩を、
現在の地形の一部として見ることができます。
火山の歴史は、
資料の中だけにあるのではありません。
今、自分が歩いている地面にも残っている。
それが、
三原山の面白さです。

三原山から少し視線を広げると、
火山の噴出物と強い風によって、
植物が定着しにくい景色が広がる場所があります。
それが、裏砂漠です。
5|火口は、ずっと同じ形ではない
三原山へ行くと、
最も印象に残るのが、
大きく開いた中央火口です。
現在の火口は、
直径約300〜350m。
深さは、
約200m。
これだけを見ると、
昔からずっと、
同じ巨大な穴があったように感じます。
でも、
火口もまた、
変化し続けてきた地形
です。
1986年の噴火では、
火口内に大量の溶岩がたまり、
それまであった竪穴状の火口は、
一度、
溶岩湖によって完全に埋められました。
ところが、
翌1987年11月。
爆発的な噴火が起こり、
再び陥没。
その後も火口壁の崩壊が進み、
現在につながる竪穴状の火口になっています。
つまり、
目の前にある巨大な火口も、
完成した地形ではない。
噴火で埋まる。
また陥没する。
崩れる。
形が変わる。
火山は、
一度景色を作ったら終わりではありません。

三原山で見えるのは、「ひとつの年代」ではない
ここまでの時間を、
もう一度並べてみます。
1777〜78年。
現在につながる三原山の中央火口丘が形づくられた。
1950〜51年。
三原新山が形成され、
現在の島の最高地点・758mが生まれた。
1986年。
溶岩が流れ、
山頂だけでなくカルデラ内外でも噴火が起きた。
1987年。
中央火口が再び陥没し、
現在につながる姿へ変化した。
実際、現在の山頂カルデラ内では、
1777〜78年、1950〜51年、1986年
という異なる年代の噴出物を見ることができます。 伊豆大島地球科学協会
つまり、
**一つの山を見ているようで、
実際には違う時代を同時に見ている。**
ということです。
三原山では、
比較的新しい火山活動が作った地形を、
実際に歩きながら見ることができます。
一方、
島一周道路沿いには、
さらに長い、
約1万8000年間
の噴火の記録が見える場所があります。
6|次に三原山を歩いたら、「景色の年代」を見る
三原山へ行って、
すべての地形を、
正確に見分ける必要はありません。
1777年の地形。
1951年の地形。
1986年の溶岩。
その場で、
完璧に説明できなくても大丈夫です。
ただ、
一度だけ、
「これは、いつできた景色なんだろう?」
と考えてみてください。
黒い溶岩を見る。
山の高い場所を見る。
大きな火口を見る。
それぞれが、
同じ時代にできたものではありません。
知る前は、
一つの「三原山」。
知ったあとには、
違う時間が重なった火山
として見えてきます。
そして、
現在も伊豆大島は、
気象庁が監視を続ける活火山です。
だから、
三原山の記事で最後に残したい言葉は、
これです。
火山は、昔の話ではない。
今見ている景色も、
長い火山活動の途中にあります。
三原山へ行く前に知っておきたいこと
三原山を歩くときは、
歩きやすい靴
を用意してください。
山頂付近は、
海沿いとは気温や風の強さが違うことがあります。
季節を問わず、
防風できる上着や雨具、
飲み物を準備しておくと安心です。
また、
視界が悪いときや、
天候が急変しているときは、
無理に散策を続けません。
そして、
三原山は現在も活動する火山です。
出発前には、必ず最新の火山情報・立入規制を確認してください。
噴火警戒レベルや規制は、
状況によって変わる可能性があります。
「以前行けたから今回も行ける」
ではなく、
その日の情報を基準にします。
火山の存在は、
火口や溶岩として、
地表に見えるだけではありません。
地下へ染み込んだ水と、
火山島の地下にある熱をたどると、
伊豆大島の温泉にもつながっていきます。
三原山へ行く前は、
「1986年に噴火した山」
くらいの印象だったかもしれません。
でも、
実際の景色には、
もっと多くの時間があります。
1777〜78年。
1950〜51年。
1986年。
1987年。
そして、
現在。
火山が噴火するたび、
山ができる。
溶岩が流れる。
火口が埋まる。
また陥没する。
植物が戻る。
景色が変わる。
**三原山は、
一度できて完成した山ではありません。**
次に歩くときは、
火口の大きさだけではなく、
その景色の中に、
違う年代が重なっていること
を少しだけ思い出してみてください。
きっと、
同じ三原山が、
違って見えてきます。
海から火山へ。景色が変わる道も、三原山の旅の一部。
三原山へ向かう道では、
海辺の町から少しずつ標高が上がり、
景色が火山のものへ変わっていきます。
三原山だけを見るのではなく、
その前後にどこを組み合わせるかで、
大島の見え方も変わります。
島を巡る順番や、
過ごし方に迷ったときは、
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**目的地だけでなく、
そこへ向かう途中にも大島があります。**
