なぜ伊豆大島に“砂漠”がある?裏砂漠が生まれた理由と歴史を深掘り
はじめに|あの黒い景色には、ちゃんと理由がある
伊豆大島を代表する絶景のひとつ、裏砂漠。
実際にその場所へ立つと、目の前に広がるのは一面の黒い大地。
木々に囲まれた島の道を走ってきたはずなのに、突然景色が変わります。
初めて訪れた方なら、
「ここ、本当に東京?」
と思うかもしれません。
でも、裏砂漠がすごいのは景色だけではありません。
なぜ、ここだけ大地が黒いのか。
なぜ、周囲には豊かな自然があるのに植物が少ないのか。
そもそも、なぜ日本に「砂漠」と呼ばれる場所があるのか。
その理由を知っていくと、裏砂漠は単なる絶景スポットではなくなります。
そこに見えてくるのは、何度も噴火を繰り返してきた伊豆大島という火山島の歴史です。
今回はいつもの「完全ガイド」と少し趣向を変えて、裏砂漠の**“なぜ?”**を深掘りしてみましょう。
知ってから実際の景色を見ると、きっと今までとは違った裏砂漠が見えてくるはずです。
そもそも「裏砂漠」ってどんな場所?
裏砂漠は、伊豆大島の中心にそびえる三原山の東側から北東側に広がる、黒い火山噴出物に覆われたエリアです。
周囲には植物が生い茂る場所もあるのに、裏砂漠へ入ると景色が一変。
黒い大地と空。
場所によっては、その二つだけが視界いっぱいに広がります。
この独特な景観は、伊豆大島をつくってきた火山活動と深く関係しています。
伊豆大島は、今も活動を続けている活火山です。
長い年月の中で噴火を繰り返し、そのたびに火山灰やスコリアなどが大地へ降り積もってきました。
裏砂漠は、そんな**「火山がつくった大地」**を間近で感じられる場所なのです。
「日本唯一の砂漠」って本当?
裏砂漠を調べると、
「日本唯一の砂漠」
という言葉を目にすることがあります。
ここは少し丁寧に説明しておきましょう。
一般的に「砂漠」というと、サハラ砂漠のように雨が非常に少なく、乾燥した地域を想像すると思います。
しかし、裏砂漠はそうした気候によって生まれた砂漠ではありません。
伊豆大島には雨も降ります。
つまり、世界の乾燥地帯にある一般的な砂漠とは成り立ちが違うのです。
それでも「裏砂漠」が特別なのは、国土地理院の地図上で「砂漠」と表記されている場所として、大島町が日本で唯一と案内していることです。
ではなぜ、雨が降る日本の島にこれほど荒涼とした景色が生まれたのでしょうか。
その答えを知るには、まず足元の**「黒いもの」**を見る必要があります。

裏砂漠はなぜ黒い?
裏砂漠の最大の特徴といえば、やはり黒い大地です。
その正体は、三原山をはじめとする火山活動によって噴き出した火山灰やスコリアなどの火山噴出物。
噴火によってマグマが地表へ噴き出すと、溶岩として流れるものだけでなく、細かく砕けた物質が空中へ放出されることがあります。
それらが周囲へ降り積もり、長い年月をかけて現在の大地をつくってきました。
つまり私たちが裏砂漠で見ている黒い地面は、
「三原山の噴火が残したもの」
でもあるのです。
黒い大地の正体「スコリア」とは?
ここで、裏砂漠をもっと面白く見るために覚えておきたい言葉があります。
それが、
スコリア
です。
あまり聞き慣れない言葉かもしれません。
スコリアは、マグマが噴火によって噴き出した際などにできる火山噴出物の一種です。
見てみると、小さな穴がたくさん開いているものがあります。
これは、マグマに含まれていたガスが抜けた痕跡です。
イメージとしては、
「マグマが泡立った状態で噴き出し、それが冷えて固まったもの」
と考えると分かりやすいでしょう。
伊豆大島の1986年噴火でも、黒色のスコリアなどが噴出したことが地質調査で確認されています。
裏砂漠を歩くときは、遠くの絶景だけではなく、ぜひ一度自分の足元にも注目してみてください。
「ただの黒い砂」に見えていたものが、
かつて地下にあったマグマから生まれたもの
だと分かると、同じ景色でも感じ方が少し変わってきます。
「砂」だけではないから面白い
名前に「砂漠」と付いているので、
「黒い砂浜のような場所なのかな?」
と思う方もいるかもしれません。
でも、実際の地面をよく見ると一様ではありません。
細かな火山灰のようなもの。
粒状のスコリア。
場所によって異なる火山噴出物。
そして、その間から少しずつ顔を出している植物。
裏砂漠は完成されたひとつの景色というより、
火山活動によって生まれた大地が、今も変化している場所
と考えた方が、その魅力を理解しやすいと思います。
「火山がつくった『黒』は山だけではありません。火山由来の物質は海へ運ばれ、伊豆大島らしい黒い海岸にもつながっています。
詳しくはこちらをチェック👉なぜ伊豆大島の海岸は黒い?黒い砂浜が生まれる理由を火山から深掘り|bliss

でも、噴火しただけなら植物は戻るはず
ここで、ひとつ疑問が出てきます。
日本は雨が多く、伊豆大島にもたくさんの植物があります。
噴火によって一度植物が失われたとしても、時間が経てばまた植物が生えてきそうですよね。
実際、火山活動のあとに植物が戻っていく場所はあります。
ではなぜ、裏砂漠には今もこれほど黒い大地が残っているのでしょうか。
実は、
「噴火したから」だけでは説明できません。
裏砂漠らしい景観をつくっているもうひとつの大きな存在。
それが、
「風」
です。
なぜ裏砂漠には植物が少ない?もうひとつの主役は「風」
裏砂漠周辺では強い風が吹きやすく、その風が植物の定着を難しくする要因になっています。
大島町も、裏砂漠について強風によって植物が定着しにくい環境であることを説明しています。
植物が育つためには、種が地面に落ち、芽を出し、根を張らなければなりません。
ところが強い風が吹き続ける環境では、
種や土壌が移動する。
芽生えたばかりの植物が厳しい風にさらされる。
火山灰やスコリアが動く。
そうした条件が重なり、植物が安定して育ちにくくなります。
つまり裏砂漠の景色は、
火山が黒い大地をつくり、風がその景観を維持してきた。
そう考えると分かりやすいでしょう。
なぜ裏砂漠へ行くと風が強いことが多いの?
実際に裏砂漠へ行ったことがある方なら、
「とにかく風が強かった」
という印象を持っている方もいるかもしれません。
伊豆大島の中央部には三原山があり、その周囲には大きく開けた火山地形が広がっています。
特に裏砂漠は風を遮るものが少ない場所です。
そのため、天候によっては非常に強い風を直接受けます。
観光する側からすると少し厄介な風ですが、その風もまた、長い時間をかけて裏砂漠という景色をつくってきた自然の力なのです。
火山だけでも、風だけでも生まれなかった景色
ここまでを整理すると、裏砂漠ができた理由は非常に面白いです。
単純に、
「三原山が噴火したから砂漠になった」
という話ではありません。
何度も繰り返されてきた火山活動。
そこから生まれた火山灰やスコリア。
植物が定着しにくい強い風。
そして長い時間。
これらが重なって、現在の裏砂漠の景観がつくられてきました。
だからこそ、日本の他の場所ではなかなか見ることのできない景色になっています。
黒い大地をよく見ると「緑」がある
そして、ここからが裏砂漠のさらに面白いところです。
一面真っ黒に見える大地をよく観察すると、場所によっては植物が生えていることに気づきます。
「植物が育たない場所なのに、どうして?」
と思いますよね。
実は裏砂漠は、
永遠に黒いままの場所ではありません。
火山によって大地がつくられ、
そこへ少しずつ植物が戻り、
また火山活動によって景色が変わる。
伊豆大島では、そんな自然のサイクルが繰り返されてきました。
つまり裏砂漠で見えているのは、
火山の過去だけではなく、その後に始まった自然の再生でもある
のです。

裏砂漠は「昔の噴火跡」ではない
ここは今回の記事で、ぜひ伝えたい部分です。
裏砂漠を、
「昔、火山が噴火した跡」
として見るだけでは少しもったいないと思います。
もちろん、その景観の始まりには火山活動があります。
でも現在も、
風が吹き、
火山噴出物が動き、
植物が入り込み、
少しずつ景色が変化しています。
つまり裏砂漠は、博物館に保存された過去の風景ではありません。
今も自然が動き続けている場所です。
そして、この「変化」は数年単位だけの話ではありません。
もっと長い時間で伊豆大島を見ていくと、
噴火 → 大地が生まれる → 植物が戻る → また噴火する
という、火山島ならではの壮大な歴史が見えてきます。
では、伊豆大島ではこれまでどのような噴火が起き、裏砂漠周辺の景色はどのようにつくられてきたのでしょうか。
ここから先は、時間をさらにさかのぼります。
三原山の噴火の歴史、そして多くの島民の記憶にも残る1986年の噴火へ。
裏砂漠の黒い大地から、伊豆大島そのものの歴史を見ていきましょう。
伊豆大島そのものが「ひとつの火山」
裏砂漠の歴史をさらに深く知るために、まず知っておきたいことがあります。
それは、
伊豆大島は、島そのものがひとつの活火山である
ということです。
「火山」と聞くと、三原山だけを思い浮かべる方も多いかもしれません。
しかし実際には、海底から続く巨大な火山の一部が海面から姿を現し、私たちが現在「伊豆大島」と呼んでいる島を形づくっています。
伊豆大島ジオパークによると、現在の伊豆大島をつくった火山は数万年前に海底で活動を始め、その後何度も噴火を繰り返しながら成長してきました。
つまり、
裏砂漠だけが火山によってできたのではありません。
私たちが車で走る道も、
山も、
海岸も、
そして島そのものも。
長い火山活動の歴史の上にあります。
噴火を繰り返しながら大きくなった島
現在の伊豆大島ができるまでには、非常に長い時間がかかっています。
現在の島の周辺には、かつて別の古い火山が存在していました。
その後、新しい火山活動が始まり、何度も噴火を繰り返しながら古い火山を覆うように成長。
やがて現在につながる大きな火山島になっていきました。
そして約1700年前には大規模な噴火が起こり、山頂部が陥没。
現在の三原山を囲む大きなカルデラが形成されていきます。
さらに1777年から始まった大噴火などを経て、現在私たちが見る三原山の姿へとつながっていきました。
つまり伊豆大島の景色は、
一度の噴火で完成したものではありません。
噴火。
静かな時代。
植物の再生。
そして、また噴火。
そんな時間を何度も繰り返しながら、少しずつ現在の姿になってきたのです。
伊豆大島の地面は「島の歴史書」
この歴史を目で確認できる有名な場所があります。
それが、島の南西部にある地層大切断面です。
道路沿いに巨大な縞模様が続く、伊豆大島を代表する景観のひとつ。
あの縞模様には、過去約1万8000年間に繰り返された100回以上の大噴火による噴出物などが記録されています。
黒っぽいスコリア。
火山灰。
噴火していない時期に形成された土壌。
それらが何度も積み重なっています。
言ってみれば、
伊豆大島の大地そのものが、巨大な歴史書になっている
わけです。
▶ 地層大切断面完全ガイド
そして裏砂漠も、その歴史の続きを別の形で見せてくれている場所なのです。
【2026年最新版】伊豆大島・裏砂漠完全ガイド|行き方・所要時間・絶景スポットを徹底解説|bliss

そして1986年、伊豆大島は再び大きく動いた
現在の裏砂漠を語るうえで、避けて通れない出来事があります。
1986年(昭和61年)の伊豆大島噴火です。
今から40年前。
1986年11月15日、三原山山頂部で噴火が始まりました。
火口からは赤熱した溶岩や火山弾、スコリアなどが噴き上がり、噴煙は高さ約3,000mに達しました。
その後、火口からあふれた溶岩は三原山を越え、カルデラ床へと流れ出していきます。
しかし、さらに大きな変化が起こったのは11月21日でした。
山頂だけではなかった「割れ目噴火」
11月21日、噴火活動はそれまでとは違う展開を見せます。
山頂付近だけではなく、カルデラ北部、さらに外輪山の北西斜面にかけて地面に割れ目が生じ、そこから噴火が始まりました。
いわゆる割れ目噴火です。
伊豆大島ジオパークによると、カルデラの外側でこのような噴火が発生したのは約560年ぶりの出来事でした。
火口から溶岩が噴き上がり、溶岩流は元町地区の集落近くまで流れ下りました。
島で暮らしている人たちにとって、
「山の中で起きている噴火」では済まない状況
になったのです。

約1万人の島民が島を離れた「全島避難」
そして11月21日の夜。
大島町合同対策本部から、島外への避難が指示されます。
島民は港へ向かい、船などで島外へ避難しました。
気象庁の記録では、翌22日昼過ぎまでにおよそ1万1,000人の島民と約2,000人の観光客が下田・稲取・伊東・熱海・東京などへ避難しています。
島民はその後、約1か月にわたって島外で避難生活を送ることになりました。
今、伊豆大島を旅行していると、
港に船が入り、
車が島を走り、
観光客が三原山を歩き、
普段通りの生活が続いています。
でも、わずか40年前。
島で暮らしていた人たちが一度、島を離れなければならない出来事があった。
これも伊豆大島の歴史です。
裏砂漠にも残った1986年噴火の痕跡
そして1986年噴火は、現在の裏砂漠の景観にも大きな影響を与えました。
伊豆大島ジオパークによると、裏砂漠はかつて現在よりも細かな砂状の噴出物に覆われていました。
ところが1986年噴火によって、スコリアが約20〜60cm堆積。
現在私たちが見る裏砂漠の地表には、このときの噴火による影響が残されています。
つまり前半で紹介した、
足元に広がる黒いスコリア。
その一部は、
1986年という、人々の記憶にも残っている噴火の歴史
につながっているのです。
1986年は「大昔」ではない
ここは、裏砂漠を歩くときにぜひ感じてほしいところです。
火山の話をすると、
何千年前。
何万年前。
という、とても遠い昔の話に感じてしまいます。
もちろん伊豆大島の形成には、それほど長い時間が関係しています。
でも1986年は違います。
当時を実際に経験した島民が、今も島で暮らしています。
つまり裏砂漠で見る火山の痕跡には、
地質学的な歴史と、人の記憶としての歴史が重なっている
のです。
これが伊豆大島という場所の面白さでもあります。
火山は「怖いもの」だけではない
ここまで噴火について読んでいると、
「火山ってやっぱり怖いな。」
と思うかもしれません。
もちろん、その感覚は間違っていません。
火山は、ときに人々の暮らしを脅かします。
伊豆大島でも過去の大噴火によって農作物や山林などが大きな被害を受け、1986年には全島避難まで経験しました。
だからこそ伊豆大島では、火山を正しく知り、備えることが大切にされています。
でも一方で、
現在私たちが「伊豆大島の魅力」と呼んでいるものの多くも、火山から生まれています。
私たちが見ている絶景も、火山がつくった
三原山。
裏砂漠。
地層大切断面。
波浮港。
そして島そのもの。
これらの景観には、形は違っても火山活動が深く関係しています。
例えば波浮港も、もともとは火山活動によってできた火口地形を起源とする場所です。
さらに火山は、温泉などの恵みにもつながっています。
気象庁も伊豆大島について、火山は災害をもたらす一方、雄大な景観や温泉、良港といった恵みをもたらしてきたと説明しています。
私たちが観光で楽しんでいる伊豆大島の景色は、
火山の怖さと切り離されたものではありません。
同じ自然の力から生まれたものなのです。
「火山とともに暮らす島」という見方
伊豆大島の歴史を知っていくと、
「火山がある島」
という言葉より、
「火山とともに暮らしてきた島」
という表現の方が近いように感じます。
噴火によって景色が変わる。
植物が戻る。
人々が暮らす。
また噴火する。
そして、その経験から火山について学び、次の世代へ伝えていく。
伊豆大島ジオパークでも、島の自然と人間の歴史を**「火山との共生」**という視点で紹介しています。
裏砂漠は、その関係を目で感じられる場所のひとつなのだと思います。
裏砂漠へ行ったら、ここを見てほしい
ここまで読んでから実際に裏砂漠へ行くなら、ぜひ次のポイントを意識してみてください。
① 遠くの絶景だけでなく「足元」
黒い地面をよく見てみてください。
粒の大きさや形が違うものがあり、
「これが火山から出てきたものなのか」
と考えるだけでも面白くなります。
② 黒と緑の境界
一面黒く見える裏砂漠ですが、場所によって植物が入り込んでいます。
黒い大地から少しずつ緑へ変わっていく場所を探してみてください。
そこでは、
火山のあとに自然が戻っていく途中
を見ることができます。
③ 風
強い風が吹いていたら、
「観光しづらいな」
だけで終わらせず、
「この風も裏砂漠をつくってきたんだ」
と思い出してみてください。
もちろん、強風時は安全を最優先にしてください。
④ 三原山との位置関係
そして振り返って、三原山周辺の地形を見てみてください。
今立っている黒い大地と、あの火山がつながっている。
そう考えると、裏砂漠のスケール感がさらに大きく感じられると思います。

「すごい景色だった」で終わらせない旅へ
裏砂漠は、何も知らなくても十分に感動できる場所です。
広い。
黒い。
静か。
そして、日常とはまったく違う。
それだけでも訪れる価値があります。
でも、
なぜ黒いのか。
なぜ植物が少ないのか。
なぜ「砂漠」と呼ばれるのか。
この島でどんな噴火が起きてきたのか。
そして1986年に何があったのか。
それを少し知ってから歩くと、
同じ景色の中に見えるものが増えていきます。
これが今回、深掘りシリーズで一番伝えたかったことです。
観光するなら「裏砂漠完全ガイド」へ
この記事では、裏砂漠が生まれた理由と歴史を中心に紹介しました。
実際に行ってみたい方は、
アクセス
駐車場
所要時間
服装
レンタカーでの行き方
観光時の注意点
などをまとめた**「裏砂漠完全ガイド」**もあわせてご覧ください。
▶ 裏砂漠完全ガイド
【2026年最新版】伊豆大島・裏砂漠完全ガイド|行き方・所要時間・絶景スポットを徹底解説|bliss
「どう行く?」は完全ガイド。
「なぜこんな景色なの?」はこの記事。
2つを読んでから訪れると、裏砂漠をより深く楽しめると思います。
三原山も一緒に知ると、さらに面白い
裏砂漠の物語を知ると、次に気になってくるのが三原山です。
三原山の火口周辺には、現在も過去の噴火活動を感じられる景観が残っています。
裏砂漠だけを見るのではなく、
三原山 → 火山活動 → 裏砂漠
というつながりを意識して観光すると、
「絶景スポットを巡る旅」から、
「火山島・伊豆大島を知る旅」
へ少しずつ変わっていきます。
▶ 三原山完全ガイド
三原山完全ガイド|伊豆大島で絶対に訪れたい活火山の魅力・アクセス・所要時間を徹底解説|bliss
まとめ|裏砂漠は、伊豆大島の「過去」と「今」が見える場所
なぜ伊豆大島に、これほど広大な黒い大地があるのか。
その答えは、一つではありません。
火山が噴火した。
火山灰やスコリアが降り積もった。
強い風によって植物が定着しにくかった。
そして、その中でも少しずつ植物が戻ってきた。
それらが長い時間をかけて重なり、現在の裏砂漠があります。
さらにその背景には、数万年前から続く伊豆大島の形成史と、1986年の全島避難に象徴される、人と火山との歴史があります。
裏砂漠は、
「昔の噴火によってできた観光地」ではありません。
火山によって大地が生まれ、
風によって景観が保たれ、
植物が戻り、
人々がその火山とともに暮らしている。
そのすべてが現在進行形で続いている場所です。
次に裏砂漠へ行ったとき。
ぜひ一度、立ち止まって足元を見てみてください。
何気なく見えていた黒い石のひとつにも、
伊豆大島という火山島の長い物語が刻まれています。
関連記事
今回は深掘り記事なので、関連記事も**「もっと伊豆大島を知りたい人」につながるものだけ**に絞ります。
地層大切断面完全ガイド
【2026年最新版】伊豆大島・地層大切断面完全ガイド|火山がつくった大迫力の地層を見に行こう|bliss伊豆大島の絶景・観光スポット12選
伊豆大島の絶景・観光スポット12選|島民がおすすめする外せない名所を徹底紹介|bliss
🚗 伊豆大島をもっと自由に楽しむなら、レンタカーがおすすめです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
伊豆大島は公共交通でも観光できますが、行きたい場所を自分のペースで巡るならレンタカーがあると旅の自由度がぐっと広がります。
blissでは、港への送迎や観光のご相談はもちろん、島民だからこそ知っているおすすめスポットやモデルコースのご案内も行っています。
「この日はどこを回るのがおすすめ?」
「港に着いてから借りられる?」
「子ども連れでも大丈夫?」
そんなご質問も、お気軽にLINEでご相談ください。
📱 LINEから簡単にご予約・お問い合わせいただけます。
▶ LINE登録はこちら

皆さまの伊豆大島旅行が、素敵な思い出になりますように。
bliss|伊豆大島レンタカー
思い出の傍に — beside your memories.
※掲載している画像には、実際の風景をもとにしたイメージ画像が一部含まれています。施設や景観は季節・天候・撮影時期などにより実際と異なる場合があります。お出かけの際は最新の公式情報もあわせてご確認ください。
