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なぜ伊豆大島には椿が多い?“椿の島”になった理由を自然・歴史・暮らしから深掘り

なぜ伊豆大島には椿が多い?“椿の島”になった理由を自然・歴史・暮らしから深掘り

2026.08.18伊豆大島深掘り伊豆大島椿ヤブツバキ椿油伊豆大島椿まつり大島公園椿花ガーデン伊豆大島ジオパーク執筆:株式会社bliss(レンタカー事業)

なぜ伊豆大島には椿が多い?“椿の島”になった理由を深掘り

はじめに|伊豆大島を走ると、いたるところに椿がある

伊豆大島と聞いて、**「椿」**を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

冬から春に開催される椿まつり。

大島公園の椿園。

椿花ガーデン。

そして、お土産としても有名な椿油。

「伊豆大島=椿」というイメージは、かなり広く知られています。

でも、ここでひとつ疑問があります。

そもそも、なぜ伊豆大島にはこんなに椿が多いのでしょうか?

観光のためにたくさん植えたから?

暖かい島だから?

昔から自然に生えていたから?

実は、どれかひとつだけが答えではありません。

伊豆大島に椿が多い背景には、

気候。

火山。

風。

そして、

この島で暮らしてきた人々の生活。

さまざまな理由が重なっています。

今回はいつもの観光完全ガイドとは少し違う、伊豆大島**「深掘りシリーズ」**。

なぜ伊豆大島が「椿の島」になったのか。

その理由を知りながら、島の歴史を少しさかのぼってみましょう。


伊豆大島には約300万本もの椿がある

まず驚くのが、その数です。

東京都の地域資源紹介では、伊豆大島には**約300万本もの椿(ヤブツバキ)**があるとされています。

300万本。

数字だけでは、なかなか想像できませんよね。

でも実際に伊豆大島をレンタカーで走ってみると、その意味が少し分かります。

椿があるのは有名な椿園だけではありません。

道路沿い。

山の中。

家や畑の周辺。

島のさまざまな場所で椿を見ることができます。

つまり伊豆大島の椿は、

「観光施設の中だけにある花」ではありません。

島の風景そのものに溶け込んでいる植物なのです。


そもそも伊豆大島には昔から椿があった?

では、この大量の椿はいつからあるのでしょうか。

実は、かなり昔までさかのぼります。

伊豆大島ジオパークによると、縄文時代の遺跡が発掘された地層から、ツバキの葉の印象化石が見つかっています。

つまり、

椿まつりが始まるよりも前。

椿油が島の産業になるよりも前。

もちろん観光客が伊豆大島へ訪れるようになるより、はるか昔。

人々がこの島で暮らしていた非常に古い時代から、伊豆大島には椿が存在していた

ことがうかがえます。

伊豆大島が「椿の島」になった物語は、最近始まったものではないのです。


なぜ椿が育った?理由①「温暖で雨の多い気候」

ここから、

「なぜ伊豆大島だったのか?」

を考えてみましょう。

最初の理由は、島の気候です。

伊豆大島は海に囲まれており、比較的温暖で雨も多い地域です。

そしてヤブツバキは、こうした温暖多雨の環境に適した植物

伊豆大島ジオパークも、ヤブツバキが島に多い理由のひとつとして、この気候条件を挙げています。

つまり、

「もともと椿にとって暮らしやすい島だった」

というのが最初の理由です。

しかし、それだけではありません。

もうひとつ重要なのが、

伊豆大島が「火山島」であること。

ここで前回の裏砂漠深掘りとも、話がつながってきます。


理由② 火山がつくった「水はけのよい大地」

伊豆大島は、島そのものがひとつの活火山です。

何度も繰り返されてきた噴火によって、

火山灰。

スコリア。

溶岩。

さまざまな火山噴出物が積み重なり、現在の島がつくられてきました。

こうした火山島の土地には、ひとつ大きな特徴があります。

水はけが非常に良いことです。

伊豆大島ジオパークでは、島の土地を「水はけがよすぎる」と表現しているほどで、かつては水田をつくるのが難しかったことも紹介されています。

人間にとっては苦労の原因にもなった土地。

ところが、この火山灰などを含む水はけのよい土壌が、ヤブツバキの生育には適していました。

ここが面白いところです。


裏砂漠と椿林は、実は同じ「火山」から始まっている

前回の深掘りシリーズでは、

「なぜ裏砂漠には黒い大地が広がっているのか?」

を紹介しました。

裏砂漠では、

火山が噴火する。

火山灰やスコリアが降り積もる。

さらに強い風などの影響で植物が定着しにくい。

黒い大地が広がる。

という自然の物語がありました。

一方で、島の別の場所では、

火山がつくった水はけのよい土地に、

大量の椿が育っています。

同じ火山島なのに、

片方には荒涼とした黒い大地。

片方には緑豊かな椿林。

一見、正反対の景色です。

でも実は、

どちらも「火山島・伊豆大島」だからこそ生まれた景色。

そう考えると、島を巡る面白さが少し変わってきませんか?

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理由③ 椿は「火山ガス」にも強かった

そして、さらに面白い特徴があります。

椿は火山ガスにも比較的強い植物なのです。

伊豆大島ジオパークでは、三宅島での調査事例として、火山ガスによって周囲の木々が枯れてしまった環境でも椿が生き残ったことを紹介しています。

伊豆大島でも、噴火の歴史の中で火山ガスの影響を受けてきた場所があります。

そこで、

火山ガスに弱い植物が減る。

比較的耐えられる椿が残る。

生き残った椿が次の世代へつながる。

こうしたことも、伊豆大島に椿が多くなった背景のひとつとして考えられています。

つまり、

火山島なのに椿が多い

ではなく、

火山島という厳しい環境に耐えられたことも、椿が残ってきた理由のひとつ

なのです。


理由④ 島の強い風にも耐えられる

もうひとつ、伊豆大島を語るうえで欠かせない自然があります。

それが、

風。

伊豆大島へ何度か来たことがある方なら、

「今日は風が強いな。」

と感じた経験があるかもしれません。

特に季節風が強く吹く日は、海沿いや山の上だけでなく島のさまざまな場所で風の強さを感じます。

そんな島の環境にも、ヤブツバキは適応しています。

椿には、

  • 厚く丈夫な葉

  • しなやかな枝

  • 一年中葉をつける常緑樹としての性質

などがあります。

こうした特徴によって、島特有の強風にも耐えてきました。

でも、

「風に強かったから椿が残った」

だけではありません。

ここから、伊豆大島の椿の物語に人間が登場します。


島民は「風に強い椿」を暮らしに利用した

昔から伊豆大島で暮らす人たちにとって、強い風はただの自然現象ではありません。

生活にも、農業にも影響する存在でした。

特に畑では、強風から農作物を守らなければなりません。

そこで利用されたのが、

風に強い椿です。

島民は家や畑の周囲などに椿を植え、防風林として利用してきました。

風を直接受け止める椿。

その内側で作物を育てる。

さらに場所によっては他の木と組み合わせたり、二重に植えたりしながら風を防いでいたとされています。

つまり椿は、

「きれいだから植えた花」ではありませんでした。

島で生きていくために役立つ、

暮らしを守る木

だったのです。


道路沿いの椿にも「理由」があるかもしれない

現在、レンタカーで伊豆大島を走っていると、道路沿いや家、畑の周辺などで椿を見かけます。

今までなら、

「大島って本当に椿が多いな。」

で終わっていたかもしれません。

でも、その椿の中には、

自然に生えたものだけではなく、

かつて人が暮らしや畑を守るために植えたもの

もあります。

さらに椿は、防風林だけではなく土地の境界を示す目印として利用されてきたともされています。

そう考えると、

何気なく道路脇に立っている一本の椿も、

ただの植物ではなく、

島の昔の暮らしが残した風景

に見えてきます。

これが今回の深掘りシリーズで、一番面白いところのひとつです。


そして人は「椿を残す」ようになった

ここで、伊豆大島に椿が多い理由がさらに深くなります。

もともと島の自然環境が椿に適していた。

だから椿が自生した。

そして人々は、その椿が暮らしに役立つことを知った。

すると今度は、

「椿を残す」

ようになります。

東京都の地域資源紹介によると、椿油を採るために雑木林を管理する際、ほかの木を伐採して椿を残すことが行われていました。

その結果、椿が多く残る林が形成されていきます。

ここまで来ると、

「伊豆大島には自然に300万本の椿が生えました。」

だけでは説明できません。


「自然」と「人」が一緒につくった椿の島

伊豆大島に椿が多い理由を、ここまで整理してみましょう。

まず、

温暖で雨の多い気候があった。

火山島ならではの水はけのよい土地があった。

火山ガスや強風にも比較的強い椿が残った。

島民が椿を防風林として利用した。

役に立つ椿を植え、残すようになった。

こうして、

自然に生えていた椿と、人間が守り育てた椿

が島の中で重なっていきました。

だから、

「伊豆大島は椿が育ちやすかったから。」

だけでは、答えとして半分です。

もう半分は、

「この島で暮らしてきた人たちにとって、椿が必要だったから。」

なのです。


では、なぜ島民はそこまで椿を大切にしたのか?

防風林になる。

土地の境界にもなる。

それだけでも十分便利な木です。

でも、伊豆大島の人々が椿を残してきた理由は、それだけではありません。

椿には、

「実」

があります。

そして、その種から採れるのが、

伊豆大島を代表する特産品のひとつ、

「椿油」です。

現在では美容やヘアケア用品として知っている方も多い椿油。

しかし島の歴史をたどっていくと、

椿油は単なる「人気のお土産」ではありません。

さらに椿の木そのものも、薪や炭として利用されてきました。

つまり椿は、

家を守り、

畑を守り、

油になり、

燃料にもなる。

島の暮らしのさまざまな場面で役に立つ木だったのです。

だから人々は椿を残した。

そしてその積み重ねが、現在の**「椿の島・伊豆大島」**につながっていきます。

ここから後半では、

「暮らしを支えた椿」が、どのように「伊豆大島を代表する椿」へ変わっていったのか。

椿油。

薪や炭。

椿まつり。

昭和の観光ブーム。

世界に認められた3つの椿園。

そして、現在進められている椿文化の継承。

今度は**「人と椿の歴史」**を中心に、さらに深掘りしていきましょう。


椿油は、昔から島の暮らしを支えてきた

伊豆大島の椿を語るうえで、やはり外せないのが椿油です。

現在では、ヘアケアや美容に使うイメージが強いかもしれません。

しかし、もともと椿油はもっと身近な存在でした。

食用として使われたり、暮らしの中のさまざまな用途に活用されたりと、島民にとっては日常の一部だったのです。

つまり、

「椿が多かったから椿油を作った」

だけではありません。

「椿油を使う暮らしがあったからこそ、椿を残し続ける理由があった」

とも言えます。

この関係が、伊豆大島らしい椿の景色を長く残してきました。


椿の木は、油だけではなく薪や炭にもなった

椿の価値は、実から採れる油だけではありません。

幹や枝は、昔の島暮らしに欠かせなかった薪や炭としても利用されてきました。

電気やガスが当たり前ではなかった時代。

料理をする。

風呂を沸かす。

暖をとる。

そのためには燃料が必要でした。

島で育つ木は、生活そのものを支える資源だったのです。

椿は、

花を見る木

である前に、

暮らしを支える木

でした。

だからこそ、人々は椿を切り尽くすのではなく、利用しながら残してきました。


「使うこと」が椿林を守っていた

今の感覚だと、

「自然を守る=人が触らない」

と思うかもしれません。

でも、伊豆大島の椿林は少し違います。

人が椿を利用し、

枝を整え、

周囲の木を管理し、

椿を残す。

そうした暮らしの積み重ねによって、椿の多い景観が維持されてきました。

つまり、

人が使うことと、自然が残ることが両立していた

わけです。

これは、かなり大切な視点だと思います。


椿油は、やがて島の産業へ

時代が進むと、椿油は家庭で使うだけではなく、島を代表する産業へと成長していきます。

伊豆大島では椿油の製造が事業として発展し、島外へも広く知られるようになりました。

現在、

「伊豆大島のお土産といえば椿油」

というイメージがあるのも、この長い歴史の積み重ねです。

美容用。

ヘアケア用。

食用。

今では用途もさまざまですが、その根底には昔から島民が椿を生活に取り入れてきた文化があります。

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そして椿は「観光資源」になっていく

昔は暮らしを守る木だった椿。

ところが時代が変わると、その価値にも新しい意味が加わります。

「椿を見るために伊豆大島へ行く」

という観光です。

1956年に始まった伊豆大島椿まつりは、その象徴と言えるでしょう。

冬から春にかけて島内の椿が見頃を迎える時期に開催され、現在まで長く続く伊豆大島を代表するイベントとなっています。

つまり椿は、

生活を支える木

から、

島へ人を呼ぶ存在

へと役割を広げていったのです。


昭和の観光ブームと「椿の島」

昭和の時代、伊豆大島は離島観光の人気目的地として多くの旅行者を集めました。

その中で、

  • 椿

  • あんこさん

  • 三原山

  • 島旅

といったイメージが広く知られるようになります。

この時代を通じて、

「伊豆大島=椿の島」

という印象はさらに強くなっていきました。

今では当たり前のように感じるこのブランドも、

長い自然の歴史

島民の暮らし

椿油などの産業

観光

という流れの中でつくられてきたものです。


現在は世界に認められる「椿の島」に

現在の伊豆大島には、世界的にも評価されている椿園があります。

代表的なのが、

  • 都立大島公園

  • 都立大島高校

  • 椿花ガーデン

です。

これらは国際ツバキ協会から**「国際優秀つばき園」**として認定されています。

特に大島公園の椿園では、多くの園芸品種やヤブツバキを見ることができます。

「島全体にある野生の椿」と、

「世界的に評価される椿園」。

この両方を楽しめることが、伊豆大島の大きな特徴です。

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大島高校にも「世界に認められた椿園」がある

面白いのが、都立大島高校です。

学校の中にある椿園が国際的な評価を受けているというのは、かなり珍しいことです。

これは、

椿が観光だけではなく、教育や次世代への継承にもつながっている

ことを象徴しているように思います。

椿の品種を守る。

育てる。

研究する。

そして次の世代へ伝える。

「椿の島」は、ただ昔からの文化を眺めているだけではありません。

今も更新され続けています。


でも、昔ながらの「椿の風景」は減っている

ここまで読むと、

「300万本もあるなら、椿文化は安泰なのでは?」

と思うかもしれません。

しかし、実際にはそう単純ではありません。

昔は畑の防風林として椿が管理されていました。

椿の実を拾い、油を採る。

枝や木を生活に利用する。

そうした人と椿との日常的な関係がありました。

ところが、

  • 農業の変化

  • 人口減少

  • 暮らし方の変化

  • 燃料の変化

  • 産業構造の変化

などによって、昔のように椿を日常的に管理する機会は減っています。

その結果、

「椿は残っていても、椿と人との関係は変わっている」

のです。


300万本あるからこそ、残すべきものがある

今回の深掘りで大切なのは、

単純に

「大島には椿がいっぱいあります」

で終わらないことです。

本当に残したいのは、

椿の本数だけではありません。

防風林として利用した知恵。

椿油を作る文化。

椿を管理する技術。

椿とともに暮らしてきた記憶。

そして、

なぜこの島にこんなに椿があるのかという物語そのもの。

こうした背景まで伝わってこそ、「椿の島」は次の世代へ続いていくのだと思います。


今も続く、椿文化を未来へ残す取り組み

現在の伊豆大島では、地域の人々や学校、事業者などによって、椿文化を次の世代へつなげる取り組みが行われています。

椿林の再生。

椿を使った商品開発。

椿油の製造。

椿園の維持。

島外への情報発信。

かつては生活に欠かせなかった椿を、

今の時代に合った形で活かしながら残していく。

その動きもまた、現在進行形の**「椿の島」の歴史**です。


知ってから島を走ると、椿の見え方が変わる

今回の記事を読んだあと、ぜひ伊豆大島をレンタカーで走ってみてください。

今までなら、

「椿がたくさんあるな。」

と思っていた景色。

でも少し注意して見ると、

畑の周囲に並ぶ椿。

道路脇の椿。

山の中に残る椿林。

家の周囲に立つ椿。

それぞれに、

「なぜここに椿があるのだろう?」

という疑問が生まれてきます。

防風林だったのかもしれない。

昔から自生していたのかもしれない。

椿油を採るために残された木なのかもしれない。

もちろん、すべての椿の由来を現地で判断できるわけではありません。

でも、

「この木にも、島の暮らしとの関係があったのかもしれない」

と考えるだけで、何気ない風景が少し違って見えてきます。


椿を見るなら、花だけではなく「木」も見てほしい

椿のシーズンになると、どうしても花に目が向きます。

赤。

白。

ピンク。

さまざまな花が咲き、とてもきれいです。

でも今回の記事を読んだ方には、ぜひ木そのものにも注目してほしいと思います。

太い幹。

強い風に耐えて伸びた枝。

厚い葉。

何十年、何百年と島の環境に耐えてきた姿。

花だけを見ていると「きれいな観光資源」。

木まで見ると、

「この島で生き続けてきた植物」

として見えてきます。


「椿の島」は、自然だけでできたわけではない

ここまでの答えを、改めて整理してみましょう。

なぜ伊豆大島には椿が多いのか。

まず、

温暖で雨の多い気候があった。

火山島ならではの、水はけのよい土地があった。

火山ガスや強風にも比較的耐えられる椿が生き残った。

そして、

島民がその椿を必要とした。

防風林として植える。

土地の境界に使う。

実から油を採る。

木を薪や炭にする。

役に立つから残す。

その積み重ねによって、椿の多い景観がつくられていきました。

さらに時代が進むと、

椿油産業。

椿まつり。

観光。

国際的な椿園。

へと役割が広がっていきます。

つまり、

伊豆大島に椿が多いのは「自然と人が一緒につくってきたから」

これが、今回の深掘りシリーズの答えです。


まとめ|300万本の椿の向こうに、島の暮らしが見える

伊豆大島には、約300万本もの椿があるとされています。

でも、その数字だけを知るよりも、

なぜ300万本もの椿があるのか。

そこを知る方が、伊豆大島の旅はずっと面白くなります。

火山が島をつくった。

その土地に椿が適応した。

強い風に耐えた。

そして人々は、その椿を暮らしに利用した。

だから椿を植え、残し、守ってきた。

長い時間の中で、

「島に生えていた木」が「島を代表する存在」へ変わっていった。

現在私たちが見る椿の景色は、自然だけがつくったものではありません。

そこには、何世代にもわたってこの島で暮らしてきた人々の歴史も重なっています。

次に伊豆大島で椿を見つけたら、

ぜひ花を見るだけで終わらず、

「なぜ、この島にはこんなに椿があるんだろう?」

と思い出してみてください。

その一本の木の向こうに、

火山と風と、人々の暮らしがつくってきた“椿の島”の物語

が見えてくるかもしれません。


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