はじめに|その椿は、花を見るためだけではなかった
伊豆大島を車で走っていると、
畑や家の周りを囲むように、
椿が並んでいる場所があります。
冬になれば、
赤い花を咲かせる。
大島らしい景色の一つです。
でも、
そこにある椿のすべてが、
花を見るためだけに植えられたわけではありません。
**強い風から、
家や畑を守るため。**
伊豆大島では、
ヤブツバキが、
防風林
として暮らしの中で利用されてきました。
では、
数ある木の中で、
なぜ椿だったのでしょう。
風に強いから。
もちろん、
それも理由の一つです。
でも、
それだけではありません。
もともと大島に育っていた。
一年中葉がある。
強い風にも耐えやすい。
島の環境そのものに合っていた。
そして人は、
その木を一本植えるだけではなく、
畑や家を囲うように使っていきました。
その理由を知ると、
次に大島を走ったとき、
椿の花ではなく、
「どこに、どう並んでいるか」
が気になってくるかもしれません。
1|なぜ大島では、防風林が必要だった?
前の記事では、
伊豆大島の冬に吹く強い西寄りの風、
「ニシ」
について紹介しました。
「そもそも、なぜ伊豆大島はこれほど風が強いの?」というところから知りたい方は、冬の「ニシ」と、本州の山を回り込んで島へ届く風について前の記事で紹介しています。
大島では、
冬を中心に、
強い季節風が吹くことがあります。
その風の影響を受けるのは、
人だけではありません。
家。
畑。
そして、
そこで育てる作物。
島で暮らしていく以上、
風から、
生活そのものを守る必要がありました。
そこで利用されたのが、
防風林
です。
家や畑の周囲に木を植え、
直接当たる風を弱める。
今のように、
「景観のために木を植える」
というだけではありません。
そこには、
暮らしを守るという、
はっきりした役割がありました。
**風が強い島では、
「何を植えるか」も暮らしの一部だった。**
そして大島では、
その役割を担う木の一つとして、
ヤブツバキ
が使われてきました。
では、
なぜ椿だったのでしょう。
2|なぜ防風林に「椿」だった?
答えは、
一つではありません。
まず、
大島には、
もともと
ヤブツバキが自生していました。
防風林が必要になったから、
遠くから特別な木を持ってきた、
という話ではありません。
島に普通に育っていた木の中に、
風から暮らしを守るのに向いた木があった。
それが、
ヤブツバキでした。
その特徴の一つが、
強くしなやかな幹や枝を持ち、
強い季節風のある環境にも適応しやすい。
さらに、
厚い葉。
ヤブツバキは、
冬になっても葉を落とさない
常緑樹
です。
つまり、
大島で風が強くなる冬にも、
葉を付けた状態で、
防風林として使うことができます。
そして、
大島は、
温暖で、
雨も多い。
火山灰やスコリアなどからなる、
水はけのよい土地も広がっています。
そうした島の環境も、
ヤブツバキの生育に合っていました。
つまり、
**島にあった木の中に、
風から暮らしを守れる木があった。**
これが、
「なぜ椿だったのか」
への大きな答えです。
風に強い。
一年中葉がある。
島の環境で育つ。
そして、
もともとそこにある。
人々は、
その性質を暮らしの中で利用していきました。
風が動かしているのは裏砂漠の地表だけではありません。島の南西側にある「砂の浜」では、海から吹く風が黒砂を動かし、浜の上部には小規模な砂丘も作っています。

3|椿は、畑を「囲う」ように植えられた
ここが、
今回の記事で一番見てほしいところです。
椿を防風林として使った。
そう聞くと、
畑の横に、
何本か木を植えたような景色を想像するかもしれません。
でも、
実際の工夫は、
もう少し大きなものでした。
椿は、
家や畑の周囲に、
囲うように
植えられてきました。
目的は、
風を完全に止めることではありません。
木々に風を受けてもらい、
家や作物へ直接当たる風を、
少しでも弱めるためです。
さらに、
畑を守るために、
椿だけではなく、
マツなど別の木と組み合わせる
こともありました。
そして場所によっては、
防風林を二重にする。
そんな工夫まで行われていました。
ここが、
今回の一番の「知らなかった」だと思います。
一本の椿を見る話ではありません。
一本ではなく、囲う。
場所によっては、二重にする。
つまり、
椿は単なる木ではなく、
暮らしを守るために、
人が並べた景色でもありました。
今、
大島を車で走っていると、
畑の境に木が続いていたり、
家の周囲を囲むように椿が残っていたりする場所があります。
もちろん、
そうした椿のすべてが、
防風林として植えられたものだとは限りません。
でも、
「なぜ、ここに木が並んでいるんだろう?」
と考えてみる。
その先に、
強い風と暮らしてきた島の人たちの工夫が、
見えてくることがあります。
**風に合わせて作られた、
暮らしの景色。**
防風林は、
その一つです。

4|椿は、防風林だけの木ではなかった
大島で椿が利用されてきた理由は、
風から家や畑を守れることだけではありませんでした。
伸びた枝や幹は、
薪や炭。
実から採れる種は、
椿油。
として利用されてきました。
つまり、
人にとって椿は、
ただそこに生えている木ではありません。
風から暮らしを守り、
必要になれば燃料になり、
実からは油が採れる。
守る。
燃やす。
搾る。
一種類の木が、
暮らしの複数の場面で役に立っていました。
だからこそ、
人は椿を利用し、
植え、
手入れし、
残してきたと考えられます。
椿の役割は、防風林だけではありません。
枝や幹は薪や炭に、実から採れる種は椿油に利用されてきました。
暮らしを守る木であり、暮らしを支える資源でもあった。
椿油をはじめ、大島で椿がどのように使われてきたのかは別の記事で詳しく紹介しています。
防風林として暮らしを守った椿は、薪や炭、そして種から採る椿油にも利用されてきました。椿が島の暮らし全体でどのように使われてきたのかは、こちらの記事で詳しく紹介しています。
5|その積み重ねが、「椿の島」の景色になった
伊豆大島には、
現在、
約300万本の椿がある
といわれています。
数字だけを見ると、
「昔の人が防風林として、
300万本もの椿を植えたの?」
と思うかもしれません。
でも、
そういう意味ではありません。
大島には、
もともとヤブツバキが自生していました。
温暖で、
雨が多く、
水はけのよい火山性の土地。
そうした島の環境そのものが、
ヤブツバキの生育に適していました。
そこへ、
人の暮らしが重なります。
家や畑を守るため、
防風林として利用する。
種から油を採るため、
椿を残し、
育てる。
枝や幹を、
薪や炭として使う。
つまり、
大島に椿が多い理由は、
一つではありません。
自然に生えていた。
そこへ、
人が必要とした。
そして、
利用しながら残してきた。
その積み重ねが、
現在の
「椿の島」
と呼ばれる景色にもつながっています。
**大島に椿が多いのは、
自然だけの結果でも、
人だけの結果でもない。**
島の環境と、
そこで暮らしてきた人たち。
その両方が重なって、
今の景色ができています。

6|次に椿を見たら、「花」ではなく場所を見る
伊豆大島で椿を見るとき、
多くの人が最初に見るのは、
花
だと思います。
冬に咲く、
赤やピンクの椿。
椿まつり。
椿園。
もちろん、
それも大島の椿の大きな魅力です。
でも、
今回の記事を読んだあとには、
もう一つだけ、
見てほしいものがあります。
「この椿、どこに生えている?」
です。
畑の周りを、
囲うように並んでいる。
家の境に、
列になっている。
道路沿いに、
同じ方向へ続いている。
そんな椿を見つけたとき、
少しだけ考えてみてください。
「なぜ、ここに木が並んでいるんだろう?」
その椿は、
もしかすると、
昔、
風から家や畑を守るために植えられたものかもしれません。
ただし、
ここは決めつけません。
大島にある椿が、
すべて防風林として植えられたわけではありません。
もともと自生している椿。
椿油を採るために残された椿。
境界として植えられたもの。
観賞用として植えられたもの。
島には、
さまざまな理由で椿があります。
だから、
旅行者がその場で、
「これは防風林だ」
と断定する必要はありません。
むしろ、
「なぜ、この場所に椿があるんだろう?」
と思う。
それだけで十分です。
何気なく通り過ぎていた道沿いの木が、
島の暮らしを読む手掛かりに変わります。
花を見る。
だけではなく、
どこにあるか。
どう並んでいるか。
を見る。
そうすると、
防風林というものが、
昔の話だけではなく、
今の大島の景色の中に残っていることに気づけます。
**大島の景色には、
人が風と暮らしてきた跡が残っている。**
防風林としての椿ではなく、花や品種そのものをじっくり楽しみたい方は、大島公園の椿について紹介した記事もあわせてどうぞ。
花の前に、並び方を見る
伊豆大島を車で走っていると、
名前の付いていない景色が、
たくさんあります。
観光地ではない畑。
普通の住宅の横。
道路沿いに続く木。
そんな場所にも、
島の歴史は残っています。
強い風が吹く。
だから、
家や畑を守る必要がある。
島にもともと生えていた、
風に耐えやすいヤブツバキを使う。
一本だけではなく、
周囲を囲う。
場所によっては、
別の木と組み合わせる。
二重にすることもある。
そして、
椿は風を防ぐだけでなく、
燃料や油にも利用された。
そうして、
人が椿を使い続けてきた結果が、
今の大島の景色にもつながっています。
だから、
次に椿を見つけたら、
花を見る前に、
ほんの少しだけ、
周りを見てみてください。
花を見る。
だけではなく、
どこにあるか。どう並んでいるか。
そう見ると、何気なく通り過ぎていた道沿いの木が、
島の暮らしを読む手掛かりに変わります。
大島の景色には、人が風と暮らしてきた跡が残っている。
知ってから走ると、道沿いの景色が変わる。
伊豆大島には、
観光地として名前が付いていない景色の中にも、
島の暮らしの歴史が残っています。畑を囲む椿も、
その一つです。島を車で巡るときは、
目的地だけでなく、
その途中の景色も少し眺めてみてください。島での移動や過ごし方について迷ったときは、
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参考資料
伊豆大島ジオパーク|ヤブツバキ
→ 自生、厚い常緑葉、強くしなやかな幹枝、防風林、薪炭、椿油。
伊豆大島ジオパーク|火山との共生
→ 大島の環境と椿、暮らしとの関係。
伊豆大島ジオパーク認定ブランド|椿ヒストリー
→ 家・畑を囲う防風林、他樹種との組み合わせ、二重化。
東京都大島支庁|カメリア
→ 風や塩への耐性、防風林としての利用。
大島町|大島の植物・椿
→ 自生、防風林、椿油用植林、約300万本。
