はじめに|晴れているのに、風が強い。
冬の伊豆大島を歩いていると、
空は青いのに、
驚くほど風が強い日があります。
雨は降っていない。
台風でもない。
それでも、
海沿いでは風の音が聞こえ、
体を押されるように感じることもあります。
島では、
そんな冬の強い西寄りの風を、
「ニシ」
と呼びます。
気象庁の1991〜2020年平年値では、
大島で日最大風速10m/s以上となる日は、
12月で平均12.0日。
1月も11.6日あります。
でも、
この風は単純に、
「海に囲まれた島だから吹く」
というだけではありません。
大島へ届く前に、
風は本州の山を、
大きく回り込んでいます。
**風にも、
島へ来る道がある。**
今回は、
冬の大島に吹く「ニシ」がどこから来るのか。
そして、
その風が島の景色や暮らしに、
どんな跡を残してきたのかを見ていきます。
1|伊豆大島は、本当に風が強い?
「伊豆大島は風が強い」
と聞くと、
台風のイメージを持つ方もいるかもしれません。
確かに、
台風や発達した低気圧が近づけば、
島では強い風が吹くことがあります。
でも、
大島の風は、
台風の季節だけの話ではありません。
気象庁の平年値を見ると、
日最大風速10m/s以上を記録する日は、
12月が平均12.0日。
1月が11.6日。
2月でも9.4日。
一方、
台風シーズンでもある9月は、
平均4.8日です。
ここで比べているのは、
風そのものの最大の強さではありません。
「日最大風速10m/s以上になった日が、何日あるか」
という日数です。
つまり、
「冬の風の方が台風より強い」
という意味ではありません。
分かるのは、
**台風がいなくても、
大島の冬には強風の日が多い。**
ということ。
もちろん、
一年中ずっと強風が吹いているわけでもありません。
春先の低気圧。
台風。
季節の変わり目。
さまざまな条件で風は強くなります。
その中でも、
冬は大島の風を知るうえで、
特に特徴が分かりやすい季節です。
では、
その冬の風は、
どこから来るのでしょう。

2|その風は、本州の山を回り込んでくる
冬になると、
日本付近では、
いわゆる
冬型の気圧配置
になる日が増えます。
すると、
大陸側から、
北西の季節風が日本へ吹き込んできます。
ここだけを見ると、
その風がそのまま、
伊豆大島へ向かってくるように思えます。
でも、
実際はもう少し複雑です。
本州の中部には、
長野や岐阜、山梨周辺に、
2,000〜3,000m級の山々が連なる
中部山岳地帯
があります。
大陸から来た季節風は、
この大きな山の壁の影響を受けます。
そして、
大きく二つの経路に分かれて、
伊豆大島へ向かいます。
一つは、
中部山岳地帯の北側を回り、
関東平野から相模湾へ抜け、
大島へ届く風。
この流れは、
大島では、
北東寄りの風
として現れます。
もう一つは、
中部山岳地帯の西側から、
東海道沖や伊豆半島周辺の海上を回り、
大島へ向かう風。
こちらは、
西から西南西寄りの風
として島へ届きます。
つまり、
冬の大島へ吹く風は、
島の近くで突然生まれているわけではありません。
**その風は、
本州の山を回り込んでやってくる。**
何百kmも離れた大陸から来た風が、
本州の山の形によって進む方向を変え、
最後に海を渡って、
伊豆大島へ届く。
そう考えると、
普段感じている風も、
少し違って見えてきます。

3|大島でいう「ニシ」とは?
冬の大島には、
北東寄りの風と、
西寄りの風。
大きく二つの系統があります。
そのため、
**冬の風が全部「ニシ」
というわけではありません。**
島で
「ニシ」
と呼ばれてきたのは、
冬型の気圧配置などで吹く、
強い西寄りの風です。
大島へ届くころには、
伊豆半島などを回り込む影響で、
やや南寄りの
西南西風
になることもあります。
島で長く暮らしてきた人たちにとって、
風は、
単なる天気予報の数字ではありませんでした。
船。
漁。
畑。
家。
日々の暮らしが、
風の影響を受けます。
だからこそ、
島には、
風を読むための言葉も残っています。
例えば、
「三日西は凪る」
という言い伝え。
西風は、
3日目には弱まる、
と昔から言われてきました。
もう一つ、
「伊豆先がきれると西風が吹きだす」
という言葉も記録されています。
遠くの空や海、
伊豆半島の見え方などを見ながら、
次に来る風を読んでいた。
そんな島の暮らしが、
言葉として残っています。
もちろん、
これは現代の天気予報ではありません。
**昔の島では、
海と空を見ながら次の風を読んでいた。**
という、
風と暮らしの距離の近さを伝える言葉です。
この「ニシ」が吹く冬は、島の食にも季節の変化が現れます。同じ冬の海岸で採られ、一枚ずつ手仕事で作られる「島のり」については、こちらの記事で詳しく紹介しています。
4|風は、大島の景色まで作っている
風そのものを、
目で見ることはできません。
でも、
風が長い時間をかけて作ってきた景色なら、
島の中で見ることができます。
その代表的な場所が、
裏砂漠です。
三原山の東側に広がる、
黒い火山灰やスコリアの大地。
初めて見ると、
「火山の噴火でできた場所」
という印象が強いかもしれません。
もちろん、
その始まりには火山活動があります。
噴火によって、
火山灰やスコリアなどの噴出物が積み重なってきました。
でも、
それだけではありません。
裏砂漠では、
強い風や雨によって、
地表の細かな火山灰やスコリアが動き続けています。
植物の種が落ちても、
芽を出したばかりの植物があっても、
地面そのものが動きやすい。
そのため、
植物が定着しにくい環境が続いてきました。
さらに、
噴火で飛ばされた火山灰や噴石も、
そのとき吹いていた風によって、
風下側へ多く積もります。
つまり、
裏砂漠は、
火山だけでできた景色ではありません。
風も、その景色を作っている。
火山が大地を作り、
雨と風が地表を動かし、
植物が生き残れる場所と、
そうでない場所が分かれていく。
そう考えると、
裏砂漠の黒い景色は、
単なる「何もない場所」ではなく、
今も自然が動き続けている場所に見えてきます。
裏砂漠がなぜあの黒い景観を保っているのかを知ると、「何もない場所」ではなく、火山・風・雨・植物が今もせめぎ合っている場所に見えてきます。

5|人も、風に合わせて暮らしてきた
風が変えてきたのは、
自然の景色だけではありません。
島で暮らす人も、
強い風に合わせて、
暮らし方を工夫してきました。
その一つが、
椿の防風林。
伊豆大島には、
ヤブツバキが自生しています。
強く、
しなやかな幹や枝。
そして、
一年を通して葉を落としにくい、
厚い常緑の葉。
島の人たちは、
そうした椿の性質を利用して、
家や畑の周囲へ植え、
強い季節風から暮らしを守る
防風林
として使ってきました。
では、強い風から家や畑を守る木として、なぜ大島では「椿」が使われてきたのでしょうか。
ここで大切なのは、
**「風が強いから椿が生まれた」
わけではない。**
ということです。
もともと島にあった椿を、
人が、
島の風に合う木として利用してきた。
つまり、
**島の風は、
人が植える木まで変えていった。**
道路沿い。
家の周り。
畑の境。
大島を走っていると、
椿がまとまって生えている景色を見ることがあります。
そのすべてが防風林とは限りません。
でも、
「なぜここに木が並んでいるんだろう」
と考えると、
その背景に、
風と暮らしの関係が見えてくる場所があります。
風は、ときに脅威にもなった
風は、
裏砂漠を作る自然の力であり、
人が防風林を作る理由にもなりました。
一方で、
ときには、
暮らしを脅かすほどの力にもなります。
1965年の元町大火では、
強い「ニシ」が吹く中で火災が拡大し、
584棟が全焼しました。
当時は、
最大瞬間風速36.2m/sが記録されています。
ここでは、
火災の経緯まで詳しく扱いません。
伝えたいのは、
風は、島の景色を作るだけの存在ではない。
ということ。
島で暮らす人たちが、
風を読み、
防風林を作り、
季節ごとの風に注意してきた背景には、
そうした自然の厳しさもありました。
では、強い風から家や畑を守る木として、なぜ大島では「椿」が使われてきたのでしょうか。
風を防ぐためにも利用されてきた椿は、種から採る椿油など、島の暮らしのさまざまな場面にも関わってきました。見るためだけではない、大島の椿の歴史はこちらで紹介しています。

6|大島旅行では、「晴れ」だけで判断しない
ここまで、
大島の冬に吹く風が、
どこから来るのか。
そして、
その風が、
裏砂漠や椿の防風林など、
島の景色や暮らしにどう関わってきたのかを見てきました。
では、
旅行者にとっては、
何が変わるのでしょう。
一番覚えておいてほしいのは、
**「晴れている=風も穏やか」
ではない。**
ということです。
大島では、
空が晴れていても、
強い風が吹いている日があります。
だから、
旅行前に天気予報を見るときは、
晴れ・雨
だけではなく、
もう一つ。
風速を見る。
できれば、
風向
も確認する。
そして、
船で島へ行く場合は、
その日の運航状況
も確認する。
三原山。
裏砂漠周辺。
海岸。
港。
同じ晴れの日でも、
風によって、
歩きやすさも、
体感も、
景色の見え方も変わります。
ただし、
「風速○m/sなら行って大丈夫」
という、
独自の線引きはしません。
その日の気象状況や、
大島町、
交通機関などの最新情報を確認し、
必要なら予定を変える。
それでいいと思います。
風そのものは見えなくても
次に伊豆大島を走るとき、
少しだけ、
周りの景色を見てみてください。
冬の海。
海岸沿いの低い植物。
黒い裏砂漠。
家や畑の周りに並ぶ椿。
風そのものは、
目では見ることができません。
でも、
その風が、
どこから来て、
何度も島を通ってきたのかを知ると、
今まで何気なく見ていた景色にも、
理由が見えてきます。
大陸から吹いた風が、
本州の山を回り込み、
海を渡って、
伊豆大島へ来る。
その風を、
島では、
「ニシ」
と呼んできました。
そして、
人も、
植物も、
島の景色も、
その風と一緒に暮らしてきた。
**大島の景色には、
風が通った跡がある。**
次の大島旅行では、
天気予報の
「風速」
を一度だけ見てから、
島へ来てみてください。
現地で見る景色が、
少し違って見えるかもしれません。
大島では、天気だけでなく風も旅の一部です。
晴れていても風が強い日があり、
同じ場所でも季節や風向きによって景色の表情が変わります。三原山へ行くか。
海沿いを巡るか。
その日の天候に合わせて予定を変えるのも、
島旅の楽しみ方の一つです。島での移動や過ごし方について迷ったときは、
blissのLINEからお気軽にご相談ください。その日の島に合わせて、その日の旅を。
参考資料
気象庁|大島 1991〜2020年平年値
→ 強風日数。
大島町|冬季季節風と収束線
→ 中部山岳地帯を回り込む北東風・西風。
大島町|防災コラム「ニシ風」
→ ニシの呼称、気象俚諺、元町大火。
伊豆大島ジオパーク|裏砂漠
→ 風・雨・噴出物と景観。
伊豆大島ジオパーク|ヤブツバキ
→ 自生する椿と防風林としての利用。
