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伊豆大島にはなぜ川がない?火山島の水と暮らしの歴史

伊豆大島にはなぜ川がない?火山島の水と暮らしの歴史

2026.09.20伊豆大島深掘り伊豆大島伊豆大島ジオパーク火山島地下水ハマンカー伊豆大島歴史執筆:株式会社bliss(レンタカー事業)

はじめに|そういえば、大島で川を渡らない

伊豆大島は、

雨の少ない島ではありません。

それなのに、

島を車で走っていると、

あることに気づきます。

大きな川を、ほとんど渡らない。

本土では、

橋を渡ったり、

川沿いの道を走ったりすることは、

特別なことではありません。

でも、

伊豆大島では、

そういう景色をほとんど見ません。

正確に言うと、

伊豆大島には、

常時水を湛える川や湖がありません。

では、

島に降った雨は、

いったいどこへ行くのでしょう。

その答えは、

伊豆大島が、

何度も噴火を繰り返してできた

火山島

であることと深くつながっています。

そして、

川がないことは、

地形だけの話ではありません。

昔の人がどこに住み、

どこから水を汲み、

どう暮らしてきたのか。

島の歴史そのものにも、

水は深く関わっています。


1|こんなに雨が降るのに、なぜ川がない?

伊豆大島の地表は、

火山灰やスコリア、

溶岩など、

噴火によって積み重なった

火山噴出物

に覆われています。

こうした火山島の地面には、

水が染み込みやすい場所が多くあります。

そのため、

雨が降っても、

水が地表に集まって、

川として長く流れ続けるより、

地下へ浸透しやすい。

伊豆大島ジオパークでも、

水を通しやすい火山噴出物に地表が覆われていることから、

島には、

常時水を湛える川や湖がない

と説明されています。

ここで大切なのは、

**「雨が降っても、水がなくなる」

わけではない。**

ということです。

降った水は、

火山島の地面へ入っていく。

つまり、

**降った水は、

消えるのではなく地下へ入る。**

川として目に見えないだけで、

水そのものがなくなったわけではありません。


伊豆大島では実際に雨の日もあります。「これだけ雨が降るのに、なぜ川がない?」という疑問は、火山島ならではの地面につながっています。旅行中に雨になった日の過ごし方についてはこちらで紹介しています。

「雨の日の伊豆大島で、旅を組み替える方法を見る」



2|川はなくても、水は地下にある

「川がない」と聞くと、

水そのものが少ない島のように感じるかもしれません。

でも、

**「川がない=水がない」

ではありません。**

地面へ染み込んだ雨水は、

地下水になります。


大島に降った雨の多くは地下へ浸透しますが、地表を流れる雨水が火山灰や火山砂などを沢へ運ぶこともあります。その火山のかけらが海まで届いてできた景色の一つが「砂の浜」です。

「火山の砂が海岸まで届く、砂の浜の話を読む」


そして、

地下の地質条件によっては、

その水が地表へ出てきます。

それが、

湧水です。

伊豆大島では、

地下へ入った水が、

水を通しにくい地層などの影響を受けながら、

地中に蓄えられています。

その仕組みが分かる場所の一つが、

泉津地区の

フノウの滝周辺です。

この付近では、

地下水と地層の関係によって、

水が地表へ現れる仕組みが確認されてきました。

また、

上流側で取水された水は、

現在も島の水道に利用されています。

つまり、

島に降った雨は、

目の前から消えたのではありません。

**川は見えない。

でも、水は地面の下にある。**

そして、

この「見えない水」をどう手に入れるかは、

昔の大島で暮らす人たちにとって、

とても重要な問題でした。


3|昔は「水がある場所」に人が暮らした

今なら、

どこに住んでいても、

蛇口をひねれば水が出ます。

でも、

水道がなかった時代の大島では、

そうではありませんでした。

生活するには、

まず、

水を手に入れられること

が重要でした。

そのため昔の島では、

わずかな湧水が得られる場所や、

水が溜まりやすい場所の近くに、

集落が発達していきました。

つまり、

水が、どこに住むかまで決めていた。

ということです。

しかし、

湧水だけで、

いつでも十分な水を確保できるわけではありません。

雨が少ない時期。

水が足りないとき。

人々は、

別の水源も利用しました。

その一つが、

元町地区に残る、

ハマンカー。

大島では、

水の湧く場所を、

「カァ」や「カー」

と呼んでいました。

そして、

海岸付近に掘られた共同井戸を、

「浜のカァ」

つまり、

ハマンカー

と呼ぶようになったとされています。

現在も元町には、

南北2つのハマンカーが残っています。


ハマンカーの水は、何に使った?

ここも、

誤解しやすい部分です。

海岸近くにあるハマンカーの水には、

塩分が含まれていました。

そのため、

基本的には、

飲み水としてではなく、

掃除

風呂

家畜用

など、

生活のための水として使われていました。

一方で、

飲んだり、

料理に使ったりする

真水

は、

別に確保しなければならない。

つまり昔の大島では、

単純に、

「水を汲めば終わり」

ではなかったのです。

**水の種類を分け、

使い方まで考えながら暮らしていた。**



4|今は蛇口から出る水を、昔は誰かが運んでいた

今なら、

蛇口をひねれば、

水が出ます。

飲む水も、

料理に使う水も、

お風呂の水も、

家まで運ぶ必要はありません。

でも、

水道が整う前の大島では、

そうではありませんでした。

昔の家庭では、

用途の違う水を、

2つの甕に分けて貯めていた

と記録されています。

一つは、

飲んだり、

料理に使ったりする

真水。

もう一つは、

ハマンカーなどから汲んだ、

塩分を含む

生活用の水。

同じ「水」でも、

使い方を分けながら暮らしていました。

そして、

その水は、

井戸や湧水の場所から、

家まで運ばなければなりません。

大島町に残る記録では、

水桶に8分目ほど入れると、

その量は、

約25リットル。

その水を、

頭の上に載せ、

起伏のある島の道を歩く。

しかも、

一度運べば終わりではありません。

暮らしに必要な分だけ、

朝夕、

何度も往復する。

その水運びを、

主に担っていたのが、

島の女性たちでした。

今では、

蛇口をひねれば数秒で出てくる水。

でも、

かつての大島では、

その一杯の水の前に、

「汲む」

「運ぶ」

という仕事がありました。

**今は蛇口から出るその水を、

昔は誰かが運んでいた。**

「川がない」という地形は、

地図の上だけの話ではなく、

毎日の暮らしそのものに、

つながっていたのです。



5|水を得る難しさは、島の食文化まで変えた

水を手に入れることが難しかったことは、

日々の生活だけでなく、

島の産業や食文化にも影響しました。

水を通しやすい地面を持つ伊豆大島では、

水を張り続ける必要がある

水田稲作が難しかった

とされています。

そのため、

江戸時代の途中までは、

米ではなく、

島で作った

塩

を年貢として納めていました。

そして、

水と同じように、

塩も大切に使われました。

魚を保存するために使った塩水を、

一度で捨てず、

繰り返し使う。

その中で発酵が進み、

独特の「くさや液」へつながっていったとされています。

つまり、

くさやは単に、

「匂いの強い島の名物」

として生まれたわけではありません。

その背景には、

水も、塩も、簡単には無駄にできなかった暮らし

がありました。

**川がないという地質は、

暮らしだけでなく、島の味まで変えていった。**

そう考えると、

大島で食べるくさやも、

少し違って見えてきます。


水も塩も貴重だった島で、魚を漬ける塩水を繰り返し使う。そこから生まれた伊豆諸島の食文化については、くさやの記事でさらに詳しく紹介しています。

「水と塩を大切にした暮らしから生まれた、くさやの話を読む」


島で作られた塩などを運ぶために導入された牛馬は、のちの大島の牛や酪農の歴史にもつながっていきます。

「塩を運ぶ牛から始まった、大島牛乳の歴史を読む」


6|川がない島で、今はどう水を使っている?

ここまで読むと、

「では今の大島では、

どこから水を確保しているの?」

と思うかもしれません。

もちろん現在は、

島にも水道が整備されています。

かつてのように、

毎日の生活用水を、

井戸や湧水から家まで運ぶ必要はありません。

現在の伊豆大島では、

地下水や湧水

を水源として利用しながら、

一部では、

塩分を除く処理なども組み合わせて、

水道水が供給されています。

つまり、

昔とは水の使い方が大きく変わっても、

その水の出発点には、

今も、

火山島の地面と地下水

があります。

大島の水道整備は、

1954年に岡田地区で簡易水道の給水が始まったことなどを起点に、

島内へ広がってきました。

今では、

蛇口をひねれば、

当たり前のように水が出る。

でも、

ほんの少し時代をさかのぼれば、

水のある場所を探し、

井戸を掘り、

用途によって水を分け、

家まで運んでいた島です。

**暮らしは変わった。

でも、水と火山島の関係は今も続いている。**

ここまで知ると、

最初の疑問にも、

少し違う答えが見えてきます。



次に大島を走ったら、少しだけ見てほしい

次に伊豆大島を車で走るとき、

少しだけ、

意識してみてください。

島を一周する道路を走っても、

大きな川を渡る橋を、

ほとんど見かけません。

本土でよく見るような、

川沿いの道も、

ほとんどありません。

でも、

それは、

大島に水がないからではありません。

雨として降った水は、

火山島の地面へ染み込み、

地下水となり、

場所によっては湧水として現れる。

その、

見えない水

を探しながら、

昔の人は暮らしてきました。

水のある場所に集落を作る。

ハマンカーを掘る。

水を家まで運ぶ。

限られた水や塩を大切に使う。

そして現在は、

地下水や湧水を利用しながら、

蛇口まで水が届けられています。

だから、

伊豆大島は、

水がない島ではない。

水が、地面の下に隠れる島。

そう知ったあと、

いつもの大島の道を走っていると、

ふと、

「そういえば、本当に川を渡らない。」

と気づく瞬間があるかもしれません。

そのとき、

何気なく走っていた道路の下にも、

島の水と、

暮らしの歴史が続いていることを、

少しだけ思い出してみてください。


地下へ染み込んだ水は、地下水や湧水になるだけではありません。その一部が地下の火山の熱の影響を受けると、今度は「温泉」の物語へつながっていきます。

「地下水が温泉になる仕組みを読む」


知ってから走ると、大島の景色は少し変わる。

伊豆大島には、
何気なく通り過ぎてしまう景色の中にも、
火山と暮らしの物語が残っています。

「ここは何だろう?」

「なぜこんな景色なんだろう?」

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参考資料

伊豆大島ジオパーク|火山との共生
伊豆大島ジオパーク|ハマンカー
大島町|町勢要覧・水道事業
大島町|水道事業水質検査計画

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伊豆大島の海岸道路